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水雲風

とりあえず人生を記録と妄想の吐き出しの地

映画「ドクトル・ジバゴ」(2006/12/05)



2003年制作の映画「ドクトル・ジバゴ」を見ました。

ロシア革命の時代を生きたある詩人の半生を描いた作品です。

この前、1965年制作の方の「ドクトル・ジバゴ」を見たばかりですが、
どちらがより良いというわけではなく、比較できて面白かったです。
ただ残念なのはどちらの作品も音声にロシア語が選択できないことです。
ロシアの話で、登場人物が英語で喋っていると違和感を感じます。


2つの作品は、まずスタイルが違いました。

1965年制作の方の作品は、大通りで労働者のデモに突撃する竜騎兵とか、
雪原に遠く消えていく馬車とか、最後のダムの流れといった
やたら壮大な場面があって大河ドラマといった風情です。

一方、2003年制作の作品は、もっと身近な感じです。
また、時間が短い分、ポイントを強調してまとめています。


人の性格も微妙に違いました。
原作の小説の解釈の違いでしょうか?
話の始めと終わりのまとめ方もかなり異なります。

それにしても2つの「ドクトル・ジバゴ」を見て思ったのですが、
ロシア革命を描き出すのに、ジバゴという人物は最適ですね。
革命の負の影響を受ける"ブルジョワジー"側であり、
詩や女性を愛した"個人"という要素が強く、
医者であることから目の前の"現実"を見るという人物像です。

"労働者""全体"の"虚構"の"理想"を描いたロシア革命がジバゴを通して
はっきりと描かれていると思います。
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  1. 2006/12/05(火) 22:18:45|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7
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コメント

>2003年制作の作品は、もっと身近な感じです。
アシモフが小説の中で「未来の映画は非常にストイックで個人的なものになり、今の我々が見ても何が面白いのかさっぱりわからないものになる」
と言っていたことを思い出します。「ワールドトレードセンター」もそういった類の映画だったと思いますし
「映画」の位置付けが変わってきたのかもしれませんね。
オレとしてはエンターテイメントの要素は欲しいのですが、、、
  1. URL |
  2. 2006/12/06(水) 09:52:26 |
  3. KAFUKA #bbuqlYas
  4. [ 編集]

>KAFUKA
言いたいことがいまいちよくわかってませんが、
映画がエンターテイメントという位置付けからそうでなくなってきた
のでは、ということですか?

あとアシモフが映画がこうなるという結論を導き出した過程が知りたいです。
アシモフは、何で映画はそうなると結論付けたんですかね?
  1. URL |
  2. 2006/12/06(水) 22:14:23 |
  3. おげれつ脱脂綿 #XSpOQyYU
  4. [ 編集]

>映画がエンターテイメントという位置付けからそうでなくなってきた
そうですね。単純なエンターテイメントという形式よりも、伝える、詩のような映画が多くなっていると思います。

>あとアシモフが映画がこうなるという結論を導き出した過程が知りたいです。
それはわかりません。アシモフさんに聞いてください。
結論というか、小説の中に登場人物として出てくる映画監督の説明のとこにそう書いてあっただけです。
文献はオレの頭の中なんで、あまり信用できません。
  1. URL |
  2. 2006/12/07(木) 08:33:54 |
  3. KAFUKA #bbuqlYas
  4. [ 編集]

私は、長期のスパンにおいての映画は、今の文化が
伝承されていく限り多種多様性を極めていくと思います。
生物の進化みたいにです。

その中で映画が、文化的な背景(規制とか)によって多様性を失ったり、
パピルスが発明されて石板文化が滅んだように映画に取って代わる
新しい表現媒体が出現するなどしたとき映画は無くなると思います。


今までの短いスパンでは、売ることに成功した映画に似た映画がたくさん作られ
そのような分野が主流になり、表現的にも成熟していきそのうちあきられる。
その中で、新鮮味をおびた映画が好まれ、また異なる分野が主流になっていくという
ループ的な構造があったと思います。
  1. URL |
  2. 2006/12/07(木) 20:31:42 |
  3. おげれつ脱脂綿 #XSpOQyYU
  4. [ 編集]

>生物の進化みたいにです。
そのような大きな視野で映画を考えたことはありませんでした。目から鱗です。
私はどのような形式であれ、楽しめればそれいいと考えてしまいがちですね。
ただ、最近は本当に「個人」を強く意識した作品が多いと思います。
売れ線を狙った作品にもその手法が(まねごと程度に)取り入れられていますし、
映画の技術によって人の心を映す試みをここである程度洗練させるのもよいかもしれません。
ていうか、昔からそれは(多かれ少なかれ)映画の使命だと思います。
今は「心、脳の時代」ですからそういう作品が増えるのは一向に構いませんが、
オレはもっと「ボカーン」とか、「ドカーン」とかが好きなんだーって思ってます。
でも節操ないのは嫌いです。

私が思うにアシモフは「最終的に人間は精神世界に行き着く」みたいな考え方をしていたんだと思います。
それで、個人の心の問題を重視する作品が増えると考えたのではないでしょうか?
その小説でも最後人類(正確には子供のみ)は精神のみの存在になっていました。
確かに、多様性という観点から考えると単純な流れで稚拙に思えますが、
物質世界を達成する人類の終着地点を考えたかったんだと思います。
物語ですし、ある程度わかりやすいほうが読みやすい(特にオレには)ですしねー
  1. URL |
  2. 2006/12/07(木) 21:19:17 |
  3. KAFUKA #bbuqlYas
  4. [ 編集]

たしかに、最近は個人主義が進んで、人の好みは多様化し、
さらに、ネットによってピンポイントの需要に対して
ピンポイントの供給が出来るような時代ですからね。
個人的な要素は強くなっていくのかもしれません。

アシモフの話はそう言われれば、なるほどと納得します。
やっぱり未来の予想は、それを導き出した背景を知ると面白いです。
  1. URL |
  2. 2006/12/07(木) 21:47:09 |
  3. おげれつ脱脂綿 #XSpOQyYU
  4. [ 編集]

アシモフに関してはオレの妄想がほとんどなので、背景といえるかどうか微妙です。
ご自分で調べてもらったほうがいいと思いますよ~
  1. URL |
  2. 2006/12/08(金) 12:17:02 |
  3. KAFUKA #bbuqlYas
  4. [ 編集]

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