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水雲風

とりあえず人生を記録と妄想の吐き出しの地

生きる理由(2005/10/31)

土曜日に、大学に行ったら道で、なんで生きるのか考えたことがあるかと聞かれました。
どうやら公開講義でそういうことをやっているそうで、
生きる理由とは何かを求めたいと言ってました。


自分は
○この問題は結論の出ない問題である。
人間が主観から逃れられない以上、絶対的な理由は求められない。
○それぞれの人がもっている何故生きるかという考えは
基本的には生きるための欺瞞である。
と思っています。

前にテレビでやっていたのですが、
動物と人間の違いに、未来予測でどれだけ先が読めるかということ、があって、
脳の発達により自信の死までの未来が
予測できるようになった人類は死を認識したという話がありました。

死という存在の認識があってこそ、生という存在があります。
しかし、その2つを認識することは、
ただ存在していれば良かった自身を不安に陥らせます。
そして、そんな不安を常に抱えて人は生きることができません。
そのため人は何かを根拠なく信じます。
1秒後の自分が生きていることを
何の根拠も無いですが誰もが信じていると思います。
そして、宗教があり、そこまでいかなくても民族的な生と死を包み込む世界観があると思います。

結局、生きていくためには存在していたいという強い
欲求が必要であると思います。
それが生きるための理由を無理にでも作り出し、
不安を和らげ、人は生きていけるのだと思います。


しかし、今の日本は平和であり、村社会は崩壊して親族の死に
触れる機会は少なくなり、社会は死を隠しています。
自分の中に、強い死の存在がないと、生が存在できるわけがありません。
死の認識があいまいだと生と死の境界はあいまいになります。
今現在、日本の少年犯罪というような問題の原因はここにあるのかもしれません。

生が緩慢であると思う人は、山登りや無人島での生活で
強烈な死の認識をすることが良いのかもしれません。


というようなことを思います。
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  1. 2005/10/31(月) 00:17:17|
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