FC2ブログ

水雲風

とりあえず人生を記録と妄想の吐き出しの地

漫画「劇画ヒットラー」(2006/01/31)



水木しげる著の漫画「劇画ヒットラー」を読みました。

水木しげる氏は物事に対する鋭い観察眼があると思います。
幼少のころ興味本意?で弟を殺そうとしたというエピソードがそれを表しているように思います。
また、水木しげる著の作品を見ても、物事を引いて見ていると感じます。
作品において登場人物に共感し登場人物を追って行くような描き方がされていなくて、
作り上げられた世界で淡々と人物達が話を進めて行くというような描き方がされているように感じます。

「劇画ヒットラー」はとかく悪の権化や超人的な独裁者として捉えられがちなヒトラー
を、人間的なエピソードを選んで随所に配置して1人の人間として描いていると思います。
ヒトラーが「祖国の不幸にくらべたら個人的な苦悩などとるにたらぬものです。」
と泣くところで、医者が「なんという異常な愛国者だろう」と言っているようなところで
ヒトラーを相対化していると感じます。
それで、水木しげる氏の漫画によく出てくる怪人の1人に感じます。
哲学者のチェンバレンとヒトラーがキキキ、ケケケと笑うところで特にそう感じます。

ヒトラーと共に著者の物事の捉え方も興味深い作品です。
スポンサーサイト



  1. 2006/01/31(火) 00:24:03|
  2. 本感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

映画「不思議惑星キン・ザ・ザ」(2006/01/29)



ロシアの「不思議惑星キン・ザ・ザ」を見ました。

モスクワで技師と青年が変な男に出会う。
2人は手に持っている機械をいじってしまった
ことによってキン・ザ・ザ星雲の惑星ブリュクにテレポートしてしまう。
2人はこの珍妙な惑星から地球に帰ることが出来るのか。
というようなストーリーです。

一見すばらしく馬鹿らしい設定ばかりですが、
ここらへんまで突き詰めると逆に凄く思えてきます。
寺山修二の作品と諸星 大二郎次の「ど元世界物語」とロシア
を溶かして混ぜたらこんな作品になるのかもしれません。
まあとにかく混沌としていて今はこの作品に対して消化不良気味です。
ストーリーはあるものの、ストーリーを持つ作品として捉えるより
詩的な作品として捉えるべきなんでしょうか。

どこかサイトの感想に、ネット上でのこの作品のみんなの感想がクーやキューしか
書いてなくてわからない。キュー。という感想がありました。
この感想は初見の人が表すであろう感想を端的に表していて面白かったです。クー。
確かにクーとキューはインパクトがありました。

ちなみにクーとキューには以下のような意味があって世界の全ての物事は
クーとキューで表現できるみたいです。
チャトル=パッツ語小辞典より
キュー:公言可能な罵倒語
クー:残りの表現全部

  1. 2006/01/29(日) 19:50:36|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

鳥取40連隊メモ(2006/01/27)

今日友達が持ってきた日本海新聞に
鳥取三洋電機がもっている元鳥取40連隊の建物に資料室が設けられる
という記事が乗っていました。
そのうち行ってみたいのでメモしておきます。
この建物は以前には鳥取大学の校舎にも使われた
大変古いもののようですね。

でも、記事には設けられることになったとは書いてあるものの、
いつからとか、フリーで誰にでも公開するのかどうかとか肝心なことが
かけらも書かれていませんでした。
鳥取三洋のホームページを見てみても何も情報がないです。
ちょろっと人のホームページを見てたら今までは事前に見学
の連絡をいれたら見学させてくれるというようなことが書いてありました。

この他の鳥取の旧軍関係には陸軍墓地とか護国神社があるみたいですね。
全然知りませんでした。

「またも負けたか八連隊 それじゃ勲章九連隊」とか
九州と東北の連隊は強かったと聞いたことがありますが、
鳥取連隊はどうだったんでしょうね。
  1. 2006/01/27(金) 17:18:19|
  2. ラクダの王国
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

「鏡」(2006/01/26)



ゆうべ家で映画を見ました。
題名は「鏡」
タルコフスキーさんの作品です。
内容はさっぱりですが気に入りました。

と「UFO少年アブドラジャン」のセリフを真似てみましたが、
まさしくそのような感じでした。
人物の見分けがつかなくて場面がわからなくなるところが多かったです。
今のところは見て感じた思いを表現できるほどではなく、
作品の持つ迫力に圧倒されているという状態です。

この作品は詩的な作品だと思うので何回も見て感じていく作品だと思います。
ただ、「話の話」のユーリ・ノルシュテインと同じく先の大戦を経験してきた人の重みと、その戦争が彼らの人生のうちで大きな位置を占めているのを感じます。
  1. 2006/01/26(木) 21:41:24|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ソ連戦車兵の体験(2006/01/25)

ソ連軍戦車兵の回想に紹介されている話を全部読みました。
こういう手記を他にも読みたかったので
サイトで紹介されていたソ連軍に関する資料をネット上に公開しているЯ Помню
の英語版のサイトSoldiers At Warを見てみました。

でも、私は英語の斜め読みをするのも困難な英語力なので
こつこつと書いてとりあえずRem Ulanovさんの体験記を訳してみました。
やるべきことがある時には、全然関係ないことに力が入るものですね。
テスト前に掃除がしたくなった時くらいの調子で訳しました。
そしてやるべきことは未だできてません、、、

ちゃんと日本語に訳してるサイトとかないんですかね?

軍事知識と英語力(と日本語力)の不足で大変ひどい出来だと
思いますが、とりあえず概要くらいはわかりそうなのでメモしておきます。
話はいろいろ興味深くておもしろかったです。

誤訳などの指摘があるとありがたいですが、
修正はできない(しない)かもしれません。


Rem Ulanov

"Colombina"

私の机の上にSU-76の写真がある. そして, それは乗物に密接に結びつけられ
た私の若かりし日々を思い起こさせる. また、戦時の友や出来事、Kubinka実
験場での私の仕事と以下のすべてのものに関してもである.

最初から始めよう. 1943年の3月, 退院した後で, 私は他の兵士と一緒に
Savelovskaya鉄道のIksha駅に位置する第15訓練自走砲連隊に送られた. 連隊
は未完成の"Fidroprivod"工場の敷地に展開していた. 命令と清潔な基地は私
を驚かせた. 私はさらに驚いて, 連隊旗の兵に見張られた. 彼らは濃紺のオー
バーオールと戦車兵のヘルメットを着ていた. 司令部の建物に停車する奇妙な
車両があった. それはドイツの3号戦車の車体を持っていた. しかし, 砲塔の
変わりに奇妙な装甲された上部構造を持っていて, 内戦時の自走装甲列車に似
ていた. それは全ての最前線の兵士に非常によく馴染深いZIS-3砲をもってい
た. (ZIS-3砲はドイツの戦車の砲架には取り付けられていなくて, これは戦車
のF-34砲のバージョンであるS-1砲だった. - 編者)

この素晴らしくて頼りになる砲を戦場で稼働可能にしたいという想いは, この
混成戦車をよみがえらせた. 決定は折よく, 早くに私達の自走砲(連隊?)が捕
獲戦車を用いることを許可した. これらの車両のいくつかの連隊は戦争に送ら
れた. しかし, 私の現在の軍職は何にあたるのだろうか? 運転手, 砲手または
戦車兵だろうか? 1943年1月に負傷する前には, 私は120mm連隊迫撃砲を1.5 ト
ンGAZ-AAトラックで牽引していた. トラックの運転手の操縦室は一般的に" さ
よならと健康に言ってくれ"と呼ばれていた(馬はどんなに古風に見えても, 冬
の間トラックより効率的だった). Head砲兵軍管区所属の第15連隊は, 主とし
てトラックと戦車の運転手を訓練するのに関わった. 訓練の3ヶ月後に, 運転
手は手書きの免許書を発行された. これらの人にはZIS-5やGAZ-AAトラックを
運転するための資格が与えられた. 免許書は参謀長と事務員によってサインさ
れ, それからスタンプが押された. もし, 事務員があなたのことを好きであれ
ば, この免許書を事務員からグラス1杯の量の"makhorka" (国産のタバコ, 赤
軍でとても一般的だった)で手に入れることは可能であった...

戦車の運転手(原則としてトラックとトラクターの運転手から募集された)はコー
スの終了と軍曹の階級への卒業生の昇格の論文を書いて軍の専門職にされていっ
た. 理論的な講義はSU-76のエンジンやそのトランスミッションの組み立てら
れたものと分解されたものがある教室で行われた.

SU-76(SU-12)の最初のバージョンには1台につき75馬力の26気筒キャブレター
エンジンGAZ-202があった. 2台のエンジンには, それら自身のラジエータ, ク
ラッチ, ギアボックスとトランスミッションがあった. 全てのこれらの機構が
車体のフロントに位置していて, それらの間には運転席があった. 2つのギア
ボックスと2つのクラッチを持つ乗物を運転することがどれだけ難しいか想像
できるだろうか.

2人の有名なソビエトの設計者 - LipgartとAstrovは自走砲の運命を変えた.
1942年に彼らはGAZ-202エンジンに基づいたそれを改造した. 今や, 自走砲の
エンジンは接合されたクランク軸を持つ2つのエンジンから作られた. 唯一の
枠組に入れられたこのエンジンは, 初期にはモスクワで, 後にはウラルのZIS
工場で生産された1つのtwo-diskedクラッチと1つの4速ギアボックスを持って
いた. 150馬力のエンジンは車体の右側に位置していて, その長さにも関わら
ず, かなりコンパクトで, 比較的手入れが簡単だった. 単一のセル方式のラジ
エータと6風向計のファンを持つ共通の冷却システムは非常によく冷却され
た. トランスミッションもまた簡略化されて, たくさんの特徴において戦前大
量生産されたT-26戦車のトランスミッションを模倣していた.

これはSU-76(SU-15)が おおいのない車体と戦闘室の低い背後の壁は, 乗務員
に強烈な発砲に対して優れた環境を提供した. 75mm砲を持つドイツの
"Artshturm"自走砲(StuG40に対するソ連のコードネーム)は見たところ美しかっ
たのだが, 乗務員に対する環境はかなり悪く, ガスと空薬莢の累積のために肉
体的に耐え難かった.

私の戦車の運転の訓練はほとんど完了していた. それは実際の戦車の運転に18
時間を想定していた. 実際には, 3時間以上もなかっただろう. 私はしかしな
がらついていた. 1943年8月の終わりに, 私達の連隊はIksha駅からIvanteevka
に再配置された. 私はモスクワのmudroadsでの訓練に使った自走砲を運転した
奴等の中の1人だった. 私が"Colombiana"の素晴らしい運転特性と動きやすさ
に感謝する時だった. - 全てのSU-76が故障無しに目的地に到着した. T-34の
車体に122mm砲を備えた自走砲(SU-122)は技術的な問題のために1日遅れで到着
した. 私達はMamonovka駅に至った. 第999自走砲連隊が編成の途中であっ
た. 私達はKirovで他の21の車両を受け取った. 熟練者はつぶやいていた:
Gorki工場からの車両を手に入れるのがより良いだろう. Vyatkaの奴等におも
ちゃ以外の何かを作ることができようか? しかし, Kirovで製造された車両は
いかなる点でもGorkiやMytischiで生産されたものより悪くはなかった. SU-76
を除いて, 我々は20台のZIS-5トラック, 木ではあるが完全にふさがれた乗務
員室を備えた20台のGAZ-AAトラック, 2つの野外修理作業場, およびAntonovオ
イルヒーターを受け取った. 司令部は"Dodge"?と2台のWillisジープを受け取っ
た. 砲兵隊の独立性を高めるために, "Komsomolets"tower, Willis ジープ及
び"Red Octor" オートバイが全て割り当てられた. しかしながら, 最前線に離
れる前に, この全ての余剰装備は持ち去られた.

連隊全体には180人未満の人員がいた. 私達は1943年11月下旬にMytischiで列
車に乗り込んだ. 私達が出発するとすぐに, 粗末な第3のレーションはより良
い第2のものに変えられた. 私達は缶詰の赤魚のスープを飲んだ. しかし, 私
達はどこに行くのか? だれもそれを知らなかった. まるまる10日の旅は破壊の
光景の連続であった. 爆破された橋, 全焼した家, 脱線した列車の車両, まき
ちらされた金属の断片. その旅の後で, 私達はもろい木の橋を通ってDnieper
を横断した. そして, 長きを堪え忍ぶKievの街を見た. 100キロメータ以上西
で, 私達はいきなり現れた"Junkers"の爆撃下で列車からIrsha駅に降ろされた.
IkshaからIrshaへである.

しかし, 爆弾での損失はわずかだった.第2レーションは再び第1のものに変え
られた. 次に私達は900グラムのパンと100グラムのウォッカを手に入れていた.
空爆から立ち直って, 私達は縦列で展開し, 冬の道路を西の方へ移動した. 司
令官の命令に従って, Chelovichiと呼ばれる小さい村で私達は全ての自走砲と
トラックをチョーク塗料で白に塗装した. たくさんのチョークがあった.-ウク
ライナはそれで有名だった.

夜に砲兵隊はライトをオフにして奇妙な村に入った. 排気管が車体の右側でき
らめいていた. 数字と矢印が私のコンソール上においてリンの明りで輝いてい
た.

ブーツと足巻を履いた足は全く無感覚の有り様で凍えていた. 私の右肩は熱く
て, B-70ガソリン400リットルのガスタンクに隣接していて左肩は冷たかった.
不凍液は冷却システムに使われていた そして, 最も危険なことは温度が(エン
ジンが止められてから)-35度より低くなることを見逃すことだった. もし温度
が低いなら, エンジンの始動に関する問題が生じる.

車両の少ない欠点の1つは貧弱な2つの6Vの6ST-140アキュムレータだった. も
し重大な温度低下を乗務員が見逃すか, 寝ていても, まだ電気的に発動する望
みはあった. この方法において, 電気的ネットワークは, スターターのうちの
1つが2つ以上のパワーを受け取って, より大きい力でクランク軸を回転させら
れるように配列換えされた. この方法がだめでも, 2人か3人の力が必要とされ
る巨大なクランクの補助でエンジンを始動する望みがあった. 最後の望みは,
別のSU-76で車両を牽引することでエンジンを始動させる方法だった. しかし
ながら, これはトランスミッションのオーバーロードのために出来る事の中で
最も乱暴な方法だった.

足を伸ばして少し運動するために, 私はハッチを通って車両から降り, 車両の
周りを歩いて履帯の張りが平になっているかを確認した. 優秀で制御可能な
"Colombina"はまっすぐでない履帯の張りにとても敏感であった. 履帯の張り
が適当かどうかを確認する方法はとても簡単だった. - 起動輪からゆるんでい
る履帯の部分を踏み付けにする必要があった. - 2つの履帯の節目が地面に接
することになっていた. もし2つ以上の節目が地面にあったならである. -
履帯は弱く張られていた. 地面上の2つ未満の履帯の節目はあまりしっかりと
張られていないことを意味した.

およそ静かだった. 私の右と左にはheyroofのある農家を見ることができた.
私は運転席に戻って温度計を見て, 温度が30分の仮眠ができるくらいあること
がわかったのでハッチを閉めた. 私は車体前部での強いノックと騒々しい悪態
で目が覚めた. ハッチを少し開けると, 清潔で白い羊皮を着た2人の将校が見
えた. 彼らのうちの背が低くて太っている1人はpapakha(ロシアの帽子)をかぶっ
ていた. 背が高くて細いもう1人が, 片方のために懐中電灯を持っていた. "な
ぜここに駐車している? 貴様の上官はどこだ?" - 棒で私をつつこうとしなが
ら, papakhaの奴は叫んだ. 私はハッチをピシャリと閉めて棒を捕まえた. "棒
を離せ!" - papakhaの奴は命令した. ドアを少し開けて, 私は棒を離した. 太
いのと細いのは車両をまわって, 指揮官を求めて砲塔を叩きだした. 車両の
後部を覆うタール塗りの防水布を片付けていたLieutenant Karginov2世中尉は,
地面に飛び降りて背中にいくつかの棒をくらった. この場面に走って来た砲兵
中隊長は悪態の一部を受けた. - そして, 私達が間違った場所に駐車したこと
が判明した.

砲兵中隊長と司令は, 私達に続くように言って歩きつづけた. 1速と低速の排
気ガスでは, 固い凍土でも車両は騒音を出していなかった. T-34なら3キロメー
トル以内の全員を履帯を鳴らして起こしただろう. 夜明けに, 私達の歩兵
は村を攻略するために移動した. 何度かロシアの灰色のオーバーコートは
耐えていた, しかし, 村を取ることはできなかった. 私達の歩兵を釘付けに
する8輪のドイツの砲で武装した装甲車が村のはずれにいた. Karginov中尉は
私に自走砲を右に曲げるよう言った. そして, 私たちの2回目の射撃はドイツ
装甲車から砲塔を吹き飛ばした. これは初めてで, 残念ながら最後の勝利だっ
た. 2日後, 大きいドイツ自走砲が私の"Colombina"の正面装甲を徹甲弾によっ
て約1500メートルで貫いた. 経験豊富な乗務員の薦めに従って, 前部のガスタ
ンクをいっぱいにしたままで 後部ガスタンクを使用していた. これが撃たれ
た直後爆発しなかった理由である.

車中で私は素早く上着からポケットをもぎ取った. また上着の下にTTピストル
の付いたベルトがあった. - これらの全ての事が立ち往生しないで乗り物から
飛び出ることを助けた. 射撃の爆発を見たあと攻撃が間違いないと気付い
た. 開けていたハッチから飛び出て, できるだけ車両から離れるように前方に
走った. つまづいて, 溝に落ちた. そこに横たわりながら, 車両が爆発するの
を聞いた. その後に, 弾薬が誘爆し始めた. すべてが終わった後, かつてのよ
うな美しさは無く今や醜くなった"Cplombina"まで歩いて戻った. 戦闘室を見
るのが怖かった. 苦痛と孤独を感じた.

突然聞こえた. "Ulanov, こっちへ走れ!" 3人の男が背後の納屋から見てい
た. 私は彼らの元に走った. - 彼らは私の乗務員だった! みんな生きていた!

数日間, NKVD将校は私達を調べあげた. - おそらく, 私達が車両を燃やしたと
疑われたのだろう. その後, 私達が潔白であると分かったので, 彼は私達をほっ
ておいた. 連隊の技術将校は私に病気になった兵士からトラックを引き継ぐよ
う命令した. 私はトラックでまず負傷した兵士を, その後は連隊の連絡将校
を輸送していた.

12月下旬に私の上官と他の参謀将校を街に連れていった. 破壊された橋を横切っ
てUzh川に近付いているとき, トラックは対戦車地雷を左前輪で爆発させ
た. 衝撃はとても強く, 私は気を失った. しかし, 私はエンジンが爆発したと
いう馬鹿な考えをしていた. 私は意識を取り戻した後で, 目を開けたが何も見
えなかった. 私は目をこすろうとした. しかし, 手は顔の上の帆布にあたった.
そこで, 私はそれを取り除いて, まだ見えることを喜んでフロントガラスを触
ろうとした. それはとても透明で澄んでいた. - 単純なことでそこになかった
のだった! ラジエータ, エンジンカバーおよび運転席の左のドアもまた無くなっ
ていた.

運転席の外に降りた時, 車輪も無くなっていて, 凍土の小さいくぼ地に車軸が
あるのを見た. 私の隣に座ったSemenov隊長は腹と足を負傷していた. そして,
連絡将校はヘッドライトがぶつかってトラックの車体から投げ出された. 私達
は彼が衛生兵を連れてくるまで寒さの中で野外に2時間いた. 私は戦争神経症,
化学やけど, 手や鼻や耳の凍傷および左手と足に多数のすり傷を負った. 何が
隊長に起きたかは知らなかった. 私は3週間, 病院で横たわって過ごした. そ
してその後, 大隊を良くするよう 指示された.

Ovruchと呼ばれる町ヘの途中では, 工場でできたばかりのSU-76の縦列を見
た. 私の鼓動は高鳴った. - "もし私の連隊にそれを作れないのなら, 私を連
れていってくれるようにこいつらに頼もう" - 私は考えた. ぜいたくな毛皮の
ベストを着た参謀長はいぶかしんで私を見た. 私は, 外套で, 髭をそっていな
くて, 霜焼けの顔で, とかされていない髮の上につぶれた戦車兵のヘルメット
がある異様な外観をしていた. 彼は私にもう少し回復し 全快して, 赤軍の軍
曹にふさわしい外観を取り戻すよう勧めた. 私は彼が正しかったと思う.
Ovruchで, 私が運転手で戦車の運転手でもあったことを知って, 第13陸軍司令
部所属の第26独立警備班の代表者は私を"雇った". 彼らが唯一持っていた捕獲
戦車の4号戦車を動かすために私は入れられた. 戦車で何十キロメートルも運
転して, 運動性能と運転のしやすさを評価する機会があった. 両方がSU-76の
ものより悪かった.

運転席から右側に位置する巨大な7速のギアボックスは, 熱と騒音と変なにお
いで私を苦しめた. 戦車のサスペンションはSU-76のより固かった. "Maybach"
の騒音と振動には頭痛がした. 戦車は大量の燃料を馬鹿喰いした. 何杯ものバ
ケツをとても不愉快な1つの漏斗で戦車に注ぎこまなければならなかった. 病
院から戻って来たかつての運転手は, 元の職務に戻りたがった. 彼は私に対し
て計画を練り始めた. Ulanovは怠惰で, いつも寝ていて, 車両を適切に整備し
なくて疑わしい奴だということを言った. そして結局, 彼は望んでいたものを
手に入れた. それはすてきで安全な地位だった. - 陸軍の本部は決して戦場か
ら20kmより近くにはいかなかった. 戦車はおよそ5個の弾薬を運んだだけだっ
た. だから, 私は小さいBA-64装甲車を操作するために再配置された.

1994年5月に私達はモスクワの機甲部隊の学校に行くように申し出を受け
た. 私は喜んで申し出を受けた. しかしながらモスクワの代わりに, 私達数人
の士官候補生は西ウクライナのKremenetsの町の第13陸軍の下級中尉コース
になった. 私達すべての抗議はむなしいものだった. 彼らは私達にコンソモー
ルの団員資格を剥奪すると脅かした. 私達は我慢しなければならなかった.

3ヶ月で卒業のコースはライフルと機関銃小隊長だった. 私はMG小隊長の訓練
になった. 主な課題は, 政治教育, 戦術および兵器だった. 基本の要求は重マ
キシマム砲, DP, Degtyarevの歩兵バージョンおよびドイツのMG34を目を閉じ
て組み立て, 分解できることだった. 1994年8月下旬に私は下級中尉, 機関銃
小隊長として卒業した. 私の性は卒業者リストの232番だった.

部隊がポーランドのDembeの町で編成の過程にあった時, 将校が連隊に到着し
た. 彼は革のジャケットと機甲部隊の記章を持っていた. 前任将校の命令に従っ
て, 彼は歩兵部隊に行くはめになった自走砲砲手を捜し出そうとしていた.

私は彼に近付いて訓練されたSU-76の運転手であると報告した.

-指揮している自走砲を扱えるか?

-できます.

15分で, 小隊を私の代理に引きわたしたので, 私は"襲われた"自走砲手を失っ
たトラックに座った. 第1228自走砲連隊で, 私はよく使い古されてはいるがしっ
かり動く車両を受け取った. 私の運転手はKharkovからのPisanko(1928生まれ)
だった. 彼は赤い鼻の細くて弱々しいやつだったが非常に信頼できた.

親愛なるPisanko! 夜にVislaを渡っているときに私は車両の前を歩いて, 突然
橋の床板の裂け目に落ちた. その時, 君は車両を止めて私の命を救ってくれた...

私達の砲手はWWIの間も砲兵隊でやってきた年上のMigalatievだった. 装填手
は以前に重152mm自走砲でやっていたTsarevだった. 彼は幸せなことにもう
40kgの砲弾を運ばなくてよかった. - 私達の砲弾はちょうど12.5kgの重さだっ
た. 同日に, 私達はタイガーと交戦するよう指示された. 2台の自走砲が一緒
にやる. 1台の自走砲が支援を受けて射撃を開始し, タイガーのための餌とし
て役に立つ. タイガーが側面をさらした時, 2台目の自走砲が300m以下で射撃
する. 策は簡単だった!

私達は80kmの長い行程とVislaを夜に横切った後, 最前線の1kmを守って, 5つ
の車両用塹壕を掘った. 夜明けにドイツの砲は私達の位置に砲弾を浴びせ始め
た. 砲撃は暗くなるまで続いた. これは3日間続いた. 私は多くの砲弾が不発
だったという事実に注意を向けた. 他にやることがあって数えなかったが, 約
砲弾の10個に2個が不発だと信じている. 砲弾の1つは私達の避難所の土嚢に着
弾して不発だった. まず私達は少し不安を感じたが, 後にそれに慣れていった.

3日目にドイツ戦車が私達の位置を強襲した. 彼らにはタイガーがなかっ
た. 私達の右側面に, IPTAP(略語は"Istrebitel'no Protivotankovy
Artilleriiski Polk" - 対戦車砲連隊)の砲が陣取っていた. 共闘して, なん
とか数回の襲撃を撃退した. 生き残っているドイツ戦車は背後の土地に退却し
た. 私達の対地攻撃のIl-2sは私達を大いに助けた! 低い高度で機銃掃射して
ミサイルを発射した. それは時にはすんでのところで私たちを攻撃することも
あった. 砲を発射する時, 私はまずペリスコープを使った. それはそれほど快
適ではなく, 砲を発射した時に車両と共振した. Migalatievは私にこの鉄製の
部品を忘れて, どんな光学装置も無しで目標を直視するように勧めた. 最初に
はマズルブレーキからの爆風によって目を閉じた. しかし後には慣れてより性
格に調節することができた.

私たちの場所はそれ程有利ではなかった. - 私達はひらけた場所に陣を置いて
いた. そして, 損失を避けるために. ポーランドの村へ撤退した. その住民は
その地域を離れているかどこかに雲隠れしていた. そして, 驚かされたガチョ
ウの群れが白い綿ぼこりのように砲弾の爆発から飛び立っていた. 私の車両は
プラムの木の下に止まった. そして私は, 戦闘室を離れるまでもなく, おいし
いベリーを食べに食べた. 翌日, 腹具合に問題が生じた. 4日後, 私は病院に
送られた. 医者は下痢であると言った. 良い食べ物が多過ぎるのは良くない!

12日後, 私は連隊に戻って来て, 参謀長補佐に報告した. 彼は言った. "おま
えと同じ姓のやつがここにいるよ." 私は言った. "それが私です." 彼は私を
見て何が起こったかを理解した. そして私に食糧を兵士と将校の調理場から手
に入れるように命令した. 私は彼に感謝して, いつ自走砲の指揮をとれるか尋
ねた. 答えはとても簡単だった. - 自走砲の指揮官のいく人かが殺された時だ.

私は長い間待つ必要はなかった. 幸い, 誰かが殺されたわけではなかった. 連
隊指揮官は第4砲兵隊から何人かの中尉を一員に欲しがっていた. 私はちょう
ど彼の職務を得ることができた.

私の新しい乗員は, みんな年上で, 疑いと不信感を持って私に接した. 照準手
のSchukinと運転手のPerepelitsaは私の父くらいの歳だった: 彼らはおよそ40
で私はまだ若者だった. そして装填手のYaschka Vorontsovは私より5歳年上だっ
た.

ここで, 装填手, またはあるものには"充填器"と呼ばれた者達は, 乗員の階級
で最も低い地位だったという意見を述べなければならない. 自走砲指揮官であ
る司令官は, 車両と乗員の完全な主人だった. この役割りでの理想の人は厳格
で幾分無礼でしかし公平な中尉だった. 弱い者とだらしのない者は乗務員を満
足させようとした. そして長い間, 指揮官の地位でいられなかった. 照準手の
仕事は砲, 光学機器を保守し, 砲弾を並べて整理し, そして最も重要なのは精
密射撃をすることだった. 照準手は指揮官代理だった. 運転手はエンジン, ト
ランスミッション, 駆動装置に責任を持っていて, 車両にガソリンや不凍液の
補給を受けるとき乗員の役割りを調整した. そして, アキュムレータの世話を
した. 彼は野外作業と障害物を克服する方法に関して指揮官と言い争うことが
できた. 最も低い階級の装填手は, 保護グリスで弾薬を掃除し, 泥を履帯の
外に叩き出さなければならず, 乗務員に食糧を届けるために調理場に走って,
すべてのきつい仕事をした.

PerepelitsaとSchukinはある程度一通り私の車両と砲の知識を試した. 私が車
両をほとんど知っていることを了解すると, Perepelitsaは私に以前にSU-76の
運転手であったことがあるかを尋ねた. 決定的な答えを聞いたので, 彼はより
友好的になった. しばらくして, 彼は私にいっしょに同じ飯ごうで食べるよう
に申し出た. SchukinとVorontsovは別の飯ごうで食べた. 私はよく追加の将校
のレーションを乗員に均等に分配した. 私はすべての重労働を乗員と共にした.
数回の上出来の戦闘の後で, ドイツのハーフトラックをたたきのめして, 僧衣
や美しいベルト, ライターの石を含むたくさんの持ち物を捕獲した時 - 乗員
との関係はとてもまともになった. しかしながら, いつも年上の乗員の支援を
感じた.

1944年11月中旬, それはSandomier橋頭堡を襲撃した. 砲兵隊の砲撃は中止さ
れた. そして空は晴れていた. それは森の後ろから現れたただの観測気球だっ
た. 寒い時期が来た. 車両を暖めなければならなかった. T-34では簡単だった.
- 車両の下で2つか3つの大きい薪で火を起こす必要があった. そして, ゆっく
り燃える薪は車両を暖めた. 車両の底のグリスはしゅっと音をたてて泡立ち悪
臭を放ったが, 中は暖かかった.

このやり方はガソリン燃料の"Colombina"ではできなかった. 私達は本部から
命令を受けた: アキュムレータを暖かく保つために, フェルトか犬皮を用いる
べきだ. 言うのは簡単だが, 犬の皮ね! その地域のすべての犬は死ぬか撒き散
らされていた.

私達は塹壕を深くし始めた. 丸太を塹壕の胸壁のいただきに設置して, 土嚢で
覆った. すべての位置の変更は新しい塹壕の構築を伴った. これは私達をやる
べきことだけで非常に消耗させた: 砲身によってシャベルを持ったポーランド
の農民を連れてくることである. 驚いたことに, ポーランド農民はこの消耗す
る仕事をし完成させて, 私達の気前のよい食事で"bimber"(ウイスキー)を飲ん
で家に戻っていった. 憤慨せずに満足してである.

-5, -8度の氷点下でさえ水は私達の"Colombina"がある塹壕のところでは凍ら
なかった . 塹壕の生活する部分では, 燃やす度合いによって, 暖かいか暑く
さえあった. そして, オーバーコートと肩パッド付きジャケット無しで作業が
出来た. 1944年12月下旬の年明け1週間前に, 泡を喰った連隊指揮官の副官が
駆けて来て私に通知した. 1時間でお偉方 - 師団の軍勢と前線司令部の訪問が
あることをである. 私達の塹壕にはきび砂糖発酵製品の大きい金属のたるがあっ
たので. 少しの警告があった.土地全体はきび砂糖の畑で覆われていた. きび
砂糖は戦争のために収穫されていなかった. 実際に, まさしくその土地の名前
はきび砂糖だった.

その自家製brazhka(ウイスキー製造のための始めの産出物, 10-15度のアルコー
ル - Valera)のたるを細い通路を通って塹壕の外へ引っ張るのは無理だった.
そして, それをまきちらすことはまさしく無駄であった. 私達の決定は防水カ
バーや上着や他のもので覆って最も暗い角にたるを置くことだった. まだ将軍
がその大きなお腹のせいで, 細い通路を通って塹壕へ来て見とがめない望みが
あった.

お偉方はすくなくとも10人の上級将校で, 1時間後に到着した. 私は彼らに塹
壕の入口で報告した. 連隊指揮官は私に車両を塹壕の外に出して, 砲撃の準備
をするよう命令した. エンジンは既に暖めてあって, すぐに始動し
た. "Colombia"は傾斜で車両の背後を持ち上げて, 迅速に, しかし落ち着いて
外面に現れた. Schukinに遠距離射撃(17km)のために所定の位置に砲身を上げ
るよう命令して, 私は戦闘室から飛び出し, 準備ができていることを報告した.

お偉方は私達の行動の迅速さと明瞭さを気に入った. しかし彼らは皆, 恐ろし
いことに, 塹壕に向かった. 私は彼らを皆, 後に残して最初に塹壕に走り込ん
で, くそったれのたるを私の後ろに隠そうとした. エンジンの排気ガスが無く
なったとき, 発酵したきび砂糖のすっぱいにおいが空気中に現れた. くそった
れのにおいは防水カバーとすべてのものを通して生じた. 将軍は何かすっぱい
においが塹壕からすると言った.

連隊指揮官は, この場面を取り繕って言った:

- 我々はbrazhkaを醸造しています.

- Brazhka?

- そうです.

- よろしい, 合法のようだ. しかし, 君らにはbimberがあるだろう?

- はい. 少しだけです. 同志将軍.

- ひどい材料に違いないのだろう?

この意見は私達の乗務員長のワインの作り手であるLeshka Perepelitsaには受
け入れられないもので, 彼の専門技術は侮辱を受けた. そして, 彼はそれを試
すようすすめた. 司令官は同意した. Perepelitsaは秘密の角から2個の800g
のフラスコを引き抜いて, グラスとコップをテーブルに置いた. Schukinは豚
煮の缶詰を開けた. さて, 来る勝利のために!

フラスコのウイスキーは60度だった. みんなはぜいぜい言って, 涙をぬぐい冗
談を言い始めた: brazhkaはかなりのものだった! 模範的な車両整備と明瞭な
行動のために乗員は表彰を受けた. 連隊指揮官はとても幸せだった. 去りなが
ら, 将軍はこの発酵性飲料は良いが飲み過ぎないことをすすめると言った. そ
して, 1時間以上後に副官が走って戻って来て, 連隊指揮官のためにより多く
の火のような液体を所望した.

新年を迎えた後に, 私達はみんな大攻勢を予想していた. 機甲部隊は橋頭堡全
体にわたって展開していた. 背後では機甲部隊の重152mm自走砲が塹壕にいた.
通信兵は一所懸命に通信伝達システムに取り組んでいた.

1945年1月4日私は連隊の幹部の元へ来るよう命令された. そこで赤軍の上級将
校の専門機甲学校のSU-76連隊の技術将校学科へ送られることが告げられ
た. 私は異義を申し立てようとした. 戦友と, 来たるべき攻勢から離れること
とに不本意であると言ってである. ベルリンと私達の間はたった600kmだった!
参謀長の年上の将校は私に言った. "がんばれ, 若造. こちらは君を送る連隊
指揮官だ. 彼は本当に君の塹壕が好きだった. そして, 戦争は - 我々は君無
しで終わらせることができる."

私を東に連れて行くすべての歩みが, 戦友と親愛なる"Colombina"からより遠
くした. 私は通行する乗物で氷上のVislaを横断した時, 私にとって戦争は終
わったのだと悟った. 私は知らなかった. 1945年6月, 6ヶ月で, 新しいGorki
工場の自走砲の試験でドイツへ戻ることを. 1946年から1950までKubinkaで戦
車の試験をすることを. 私の人生が私の前にあった.

  1. 2006/01/25(水) 20:47:41|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「老婦人とハト」(2006/01/23)



DVDの「ベルヴィル・ランデブー / エディシオン・コレクトール」の
特典映像についてた「老婦人とハト」を見ました。
「エディシオン・コレクトール」を買ってよかったと思いましたよ。

ベルヴィル・ランデブー」と同様ストーリーと映像に引き込まれました。
そして、1つの作品としてたいへん魅力を感じました。
23分の小話で、ヘタな感想を書くと、まだ見ていない人に対して作品の
魅力を損なわせてしまいそうなのでこれ以上の感想は隠しておきます。
それだけ初見のショックが大きく感じました。

それにしてもこの作品も「ベルヴィル・ランデブー」と同じに
太ったアメリカ人らしき人が出てきましたが、
作者は何かアメリカ人に対して思うところがあるのでしょうか。

[以下ネタバレ][
見始めてからなんか話や映像表現が生々しくて不気味な雰囲気は
感じていたんですがまだ話がわからなくて
こんなものなのかなと思って見てました。
後から思えばこの嵐の前の静けさが後の話
をものすごく強調するので良いです。

途中からストーリーと映像に圧倒されて引き込まれていきました。
特に悪夢のあたりから話が急激に展開すると共に
引きずり込まれました。
途中出てくるシュールさが怖くて、逆に笑ってしまいます。
何度か噴出してしまいました。
そして、コミカルな音楽がすごく楽しいのに、
ものすごく怖いストーリーが脳の処理を混乱させて楽しませてくれます。

映像面ではハトの顔をした人のデザインやかぶりもののデザインが
目が強調されてものすごく怖かったです。
] [「老婦人とハト」]の続きを読む
  1. 2006/01/23(月) 22:13:29|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「話の話―映像詩の世界」(2006/01/22)



高畑勲監督がユーリ・ノルシュテインの「話の話」を解説した本である
「話の話―映像詩の世界」を読みました。

「話の話」は詩的な作品で、読み解かなくても
今自分が持っている限られた知識や感性で、
とにかく見て感じれば良い作品だとは思います。
この本でも繰り返し作品を見ることを推奨していてその通りだと思います。
私の今の限られた知識や感性でも「話の話」からは大きい影響を感じて、
何度も見てしまいます。
わからないところはあっても作品に感じる普遍性に共感します。

しかし、やはり知識があるとより深く楽しめるのは事実だと思います。
特に詩的な作品では、
作者の人生とそれに付随する歴史や生活の知識をより深く知っていることで、
知らない時には感じられなかった作品の魅力を感じることができると思います。
そして、私は「話の話」をより楽しみたいと思ってこの本を買いました。

この本では高畑勲監督の「話の話」に対する解釈に基づいた知識や
ノルシュテイン自身が語ったことに関する知識が得られます。
もちろん、高畑勲監督の解釈自体も興味深いものです。

この本で得た知識と共に今後も「話の話」を味わっていきたいです。
  1. 2006/01/22(日) 23:05:20|
  2. 本感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

映画「グッバイ、レーニン!」(2006/01/21)



ドイツの映画「グッバイ、レーニン!」を見ました。

ストーリーは以下のようなものです。
東ドイツに住むアレックスは小さい時に父が西ドイツに亡命してしまう。
そのために母は愛国心を強めていく。
ある時、アレックスは反社会主義デモに参加して逮捕されてしまう。
それを 目撃した母はショックを受けて心臓発作を起こし倒れてしまう。
そして、母が意識を失っている間にベルリンの壁は崩壊し東ドイツはこの世から無くなってしまう。
母は意識を取り戻すが、強いショックは与えてはいけないと医者に忠告される。
アレックスは東ドイツの崩壊を愛国者である母に隠し通そうとする。

ストーリーは東ドイツの崩壊を隠し通そうとするものであるがゆえに、
変わっていくドイツと失われた東ドイツというものがより強調されて表現されると思います。
ストーリーは喜劇的要素もあるため誇張があり、まずありえないだろうと思える事も多いです。
しかし、その誇張もドイツの変化を強く表すのに役立っており納得できます。
いろいろ印象的な場面が多く、ドイツ統一あたりの事に思いを巡らせました。
あまり知っているわけではなく、この映画を見て新しく知ったり
意識したりしたことが多いです。
また、人間の性格が単純に描かれていないところや、
それぞれの人間は相対的に描かれるところは好きです。
人々がアイデンティティを失い時代の変化に翻弄され
ながら生きていく姿がよく表現されていると思います。

画像は全体的に調和がとられ、
ストーリーの誇張を日常の範囲にしてしまうのを助けていると思います。
映像としてドイツ統一後の日常を日常として表現できているのが凄いです。
DVDの特典映像の"知られざるデジタル効果"を見ると感心しました。
何をどうしようと望みの映像が撮れたら良いというのはその通りだと思います。

音楽は全体的にシックで落ち着きがあり、日常の表現に大きく影響していると思います。
音楽は最初から非常に心地よく感じて映画を見終わった後、DVDの特典映像の
"ヤン・ティルセンの音楽の世界"を真っ先に見ました。
このヤン・ティルセンという人はフランス人でしょうか。
作曲者の感性に基づいた音楽の作り方についての話はおもしろかったです。
映像でも言ってましたが、キッチリしてそうなドイツ人の監督にとっては
音楽の感性は大変心配だったんじゃないでしょうか。
  1. 2006/01/21(土) 23:57:04|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アニメ「ペイルコクーン」(2006/01/21)



STUDIO六花の吉浦康裕氏の
個人制作アニメーション作品の「ペイルコクーン」を見ました。
ストーリーのテーマは小さい世界に収まり過ぎているように感じませんでした。

まず、この話に出てくる過去を調べるという行為は現在を
生きることに繋がっていないと思うからです。
現在は一瞬でしかなく、現在はすぐに過去になっていきます。
世界には一瞬の今と延々と続いてきた過去があります。
そして、その過去は未来を予測し、
現在を生きるための唯一の材料となるものであるはずです。
未来を予測し現在を生きていく力になっていないと思うこの話の
過去を調べるという行為は空虚に感じます。

また、昔の楽園に憧れ、今の現実に絶望する人々の姿は滑稽です。
現実をしっかり見据えなくては、主体的に未来の目標に向かうことは不可能です。
現実を否定しているだけでは押し流されるだけです。

話のオチはどうでも良く感じます。
オチより未来に主体的に向かうことができていない登場人物達の行動が問題だと思います。


「水のことば」も見ましたが、これも好きでは無かったです。

個人製作としては映像は綺麗かもしれませんが、
共感が出来なくて好きにはなれませんでした。
  1. 2006/01/21(土) 01:21:35|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アニメ「グリーンレジェンド乱」(2006/01/19)



アニメ「グリーンレジェンド乱」を見ました。
面白くなくて、印象にも残らない作品なのですが、
完全に忘れてしまってまた見てしまう可能性もあるのでメモしておきます。

話しは、崩壊後の世界で粗野な少年が不思議な少女が会って、
少女がさらわれて少年がそれを追って冒険する話です。
既に消費されつくしたようなストーリーであるのが特徴的で、
少年、少女を中心にしたキャラクタにも魅力を感じません。
また、画像として表現されている部分にしか世界を感じられません。

少年はまわりから言われることにいちいち影響を受け過ぎて共感できません。
少女に言わたので"人を助けなきゃ"と思って、敵を助けようとしたら死んでしまったのでチクショーとか言って貴重な水をぶちまけるとかします。
さらに、悪いことにその後、他の敵に対して平気で死に至るような攻撃を加えたりします。

設定にしても全然納得できません。
宇宙人?は結局何が目的なんでしょうか。
なんでわざわざ他の星をぶっ壊して、ゴチャゴチャと巫女そろえて
緑化とか面倒くさいことをしているんでしょうか?

というように、挙げて行くとキリがないのでやめときます。
子供騙しで消費されるための作品だと思いました。
  1. 2006/01/19(木) 23:04:00|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ボトル缶とキス○| ̄|_(2006/01/19)

今日の夕食後、ボトル缶の紅茶を飲みました。
それで、ちょっと机に置いてから、
取っておちょぼ口で飲もうとしたらフタがかぶせてあって、
フタにキスしてしまいました。
缶を置いたときに、無意識にフタをかぶせていて、
缶を見ずに飲もうとしたらこれです。
疲れているんだろうか?

便器のフタを閉めてから座る人がいるとは聞いていましたが、
自分は無いだろうと思ってました。
この調子ではいつかやりそうです。
メガネ、メガネもやるかもしれません。
似たようなことは既に山ほどしてる気がしますが。

[ボトル缶とキス○| ̄|_]の続きを読む
  1. 2006/01/19(木) 20:58:32|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アニメ「ユンカース・カム・ヒア」(2006/01/18)



アニメ「ユンカース・カム・ヒア」を見ました。
お金持ちの家に住む小学校6年の女の子のひろみと喋る犬のユンカースのお話です。
家庭教師への恋心と親の離婚を中心に話が進んでいきます。

どんな作品か全然知らなかったので見ましたが、
ユンカースが男子トイレでおしっこをして出てきた時、
外にいた木におしっこをしている犬を連れた女の人が驚いて、
自分の犬とユンカースを見比べているところで、子供のための作品だと思いました。
普通に考えればトイレの中を見ていない女の人は、犬がトイレから入って出てきたくらいで
は驚かないでしょう。おしっこをしている犬と見比べているということは、
明らかに中の様子を知った行動だと思います。
見ている人は中での様子を知っているので主観でわかりやすい表現だと思います。
このおかげですぐにそういう子供向けの作品だという視点ができたので見やすかったです。

[以下ネタバレ][ひろみとユンカースはひろみが主体の2者1体ですね。
ひろみが子供らしくない大人であり、ユンカースがひろみの子供っぽい無邪気さ
を持つひろみのもう1つ姿として表現されていると思います。
こういう形態をとるとひろみの心の動きがわかりやすいです。
ひろみとユンカースの会話がひろみの心の動きを直接的に表すからです。
この会話はほぼひろみの自問自答に聞こえました。
また、主役のひろみの心の動きがわかりやすい故に、
ひろみに共感しやすく子供にわかりやすい作品だと思います。

最後にユンカースが喋れなくなるのも、ひろみが押し殺していた子供っぽさを表出したら
ユンカースの役割がなくなるからでしょう。
]

この作品はとにかく子供にわかりやすいと思います。
家政婦の恋心や家の金持ち具合等、ストーリーの誇張がされ注目ポイントがすぐわかります。

他には表現で目に付いたのが、光を意識した時以外は
人物に影が落ちたり、人物の影が落ちないというという個所です。
これは、人物が背景から浮き上がり注目しやすいという表現でしょうか。

[以下ネタバレ][この作品は、努力や
思いやりの大切さを示していると思います。
結果がどうであれ、女の子の行動は大体において最適であると思います。
そして、結果が出ることで子供にわかりやすいのでしょう。
教師ありの学習データといったところでしょうか。
]
監督が子供たちも見ているといっていたフランスのアニメ「ベルヴィル・ランデブー
と比較すると両者の違いがおもしろいです。
これらの学習データの違いによって、
国民性の違いが形成されるということを感じます。

特定された相手への表現がなかなか興味深い作品でした。
[アニメ「ユンカース・カム・ヒア」]の続きを読む
  1. 2006/01/18(水) 22:48:25|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アニメ「アニマトリックス」(2006/01/17)



アニメ「アニマトリックス」を見ました。
「マトリックス」を補完する話をアニメで表現した作品集です。

私は「マトリックス」は、映像面にしか興味がありません。
虚構と現実という世界設定には新しさを感じませんし、
SFの設定も説得力を感じません。
深い人間性が描写されるわけでもないので登場人物たちの行動に対する共感もしません。
しかし、映像面は今まで見たことの無い表現がされていて目新しく、
超人的な人間のアクションはそれだけに注目するとなかなか快感でした。
2作目は設定面が重視され1作目で見慣れてしまった映像の表現の
ためにつまらなくて、3作目は見ませんでした。

それなので「アニマトリックス」の設定を重視した話はだいたいつまらなかったです。
上記の「マトリックス」の感想と同様な作品がほとんどです。
ただ、コンピュータ上の"仮想世界"を現実の生きる場として、人物を小話なりに丁寧に描いた
7、8話はそれなりにおもしろかったです。
"現実世界"でも"仮想世界"でもどっちでもいいんですがこの2話は
比較的そこにいる人がどのように生きているかを想像することができました。
映像面では、3Dを使ったリアルな表現は逆に細かな違和感を誇大化して感じました。
逆に完全な絵で表現したアニメの方がまだ映像的な快感を感じました。
  1. 2006/01/17(火) 23:15:19|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:1

アニメ「アリーテ姫」(2006/01/16)



アニメ「アリーテ姫」を見ました。
しかし、とても印象が薄く、すぐ忘れてしまいそうです。
ストーリーは、城で真綿にくるまれたような生活をしながら、従順ではなく
考えることを知ってしまったアリーテ姫が、魔法使いに魔法をかけられて
考えなくさせられ連れ去られて、、、という話でしょうか。


まず、人物に対して共感ができません。
ほとんどの人物の過去や背景がしっかり描かれていないので、
人物の行動に対して納得ができません。
主役のアリーテ姫は最初、そういう過去や背景が描かれていないのでしている発言に重みが感じられません。
そして、魔法で考えられなくされて中盤までいってしまうのでそこまでも人物としての表現が感じられません。
後半、やや過去や背景が描かれていますが、狭い体験から出た結論に感じてしまいます。

そして、アリーテ姫が絶対化され過ぎているのではないでしょうか。
基本的に周りの人物は間違っていて愚かで
アリーテ姫が最初から最後まで正しいと表現されているように感じます。
しかも、説得力を感じないので、アリーテ姫の意見に対する評価ができません。

設定に対しても納得できないところが多く世界に対して共感ができません。
人物描写の無さから、それらの人物によって構成されたストーリーにも説得力を感じません。
そんな調子で見ているとこの作品に対する印象が凄く薄くなってしまいました。

子供に対するメッセージとしては、話が複雑すぎるし、
大人に対するメッセージとしては、説得力が無いように感じました。
  1. 2006/01/16(月) 22:58:06|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アニメ「ベルヴィル・ランデブー」(2006/01/15)



フランスのアニメ「ベルヴィル・ランデブー」 を見ました。

このアニメでは物体に対してある種、異様なデフォルメがなされます。
腕は線のような細さなのに足の筋肉が異様に発達している人体や
絶壁のようにそびえる船体のような表現がされます。
しかし、人間が注目する特徴を抽出して強調して表現された物体は
感覚に受け入れやすいです。
感覚的な部分がものに付け足されて表現されていると思います。
そして、この表現には、時代や場所が違ってもかなり通用する
普遍性があると思います。

実写の「アメリ」といった作品を見ても思うのですが、フランスの映画作品の色調や小物
に至るまでの表現の統一性は凄いものがあると思います。
この作品でもそれを感じました。
監督の根本のメッセージに沿って細かいところまで物事が表現されていると思います。
何回も見てその表現の細かさに注目し、新たな発見をしたくなる作品でした。

また、人物の癖を取り出して強調するといった日常を鋭く見つめてリアルに表現できる
フランス人の能力も凄いと思います。

このような分かり易い表現の要素を使うのに複雑な人間というものを描いていける
というのも感心してしまいます。
表現される人間は複雑でリアルで、それらの人達からつむぎ出されるストーリー
も複雑でリアルに感じます。


DVDの特典映像の高畑勲監督とこの作品の監督の対談も興味深い内容でした。
もちろん、この作品についても興味はありますが、
それ以上にアニメだけの範囲でなく"作品"という根本的な部分を語っているのが
興味深いです。また、上記のようなフランス人の特性についても触れられているのが
おもしろかったです。
  1. 2006/01/15(日) 22:46:37|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

今日の夕食:油炒め銀杏+蟹味噌汁(2006/01/15)



写真:夕食

今日の夕食は油炒め銀杏と蟹の味噌汁+αでした。

ginnan_060115_1.jpg

写真:銀杏

銀杏は殻を割っていくのが面倒で大変でした。
銀杏は、ペンチを殻の横の継ぎ目に当てて、潰れない程度に力を入れて割っていました。

karawari060115.jpg

図:銀杏の殻わり


でも、何個かはグシャッと潰れてしまいました。
潰してしまうと、汁が飛んで白く染みになるのが困ります。
あと銀杏が臭いです。
今回は銀杏は薄皮を付けたまま油で炒めて塩をふりかけてみました。
炒めていると皮がそれなりに取れていきました。

炒めると鮮やかなグリーンになるのが綺麗です。
味はお酒にあいそうな大人の味でおいしかったです。


他には蟹の味噌汁を作りました。
小型の蟹をぶった切って、具と一緒に煮て仕上げました。
蟹のダシと香りが効いておいしくて、小型の蟹が売り出されている時期に
たまに作っています。

  1. 2006/01/15(日) 20:26:48|
  2. | トラックバック:0
  3. | コメント:0

トイレの怪(2006/01/13)

今日の午前中に便意を催して大学のトイレに行きました。
行ったトイレには個室が2個あって、手前の個室は空いていなかった(ロックのマークが出ていた)
ので奥の個室に入りました。
そして、そこで事に及んでいたわけです。
その途中、隣の個室の扉が開いたような気配(音)がしたと思ったら、
女の人が日本語ではない言語で歌うような声がいきなり聞こえて来ました。
しかも、その声は詳しい位置はわからないもののどうやらトイレ内で発せられていると感じました。
驚いたと同時に混乱しました。
なんせ、"男子"トイレというシチュエーションで
女性の声が外国語で歌っているような音が聞こえてきたのでわけがわかりませんでした。
音は個室にいる私にはっきりと聞こえる程度には大きくて、それなりに若い女性の声に聞こえました。
歌は明るい感じでしたが、その程度の印象しか覚えていません。
危険を感じた時の人間の反応のせいか、外の気配に注意がいっていて記憶が愛昧です。
その外国語で女性が歌っているよう声に聞こえる音はしばらくすると止みました。
それから自分は事を済ませて個室を出たわけですが、その時トイレ内に人の姿は見えませんでした。
手を洗って外に出ても誰も見掛けませんでした。
後で気が付いたのですが、隣の個室は見なかったのでそこに誰か居た可能性はあります。

すぐ夢だったのではないかという感覚に襲われました。
人に話したり、このように書き留めたりすると記憶がはっきりする気がするのですが、
頭で記憶を作っているのかもしれません。
私の記憶と判断を肯定するなら、外国人の女性が間違えてトイレに入ったというのが一番納得できる理由です。
または、掃除のおばちゃんだったという可能性もあると思います。
ただ、完全に自分1人の体験で証明できるものは何もないので、完全な幻聴という可能性もあります。

何故そのような音が聞こえたかはともかく怪談の1次体験に近いような体験をしたと思います。
怪談の出来るさまを少々実感できました。
  1. 2006/01/13(金) 17:47:46|
  2. 日記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

そこそこの雪国での靴探しメモ(2006/01/12)

私が住んでいる所は、冬の季節に何回か30cm以上の雪が積もります。
今までは山靴で対応していたのですが、雪専用の靴が欲しくなったので
検討してみました。

ここでの雪は以下のような三重苦であると思います。
1.積もった雪を歩くのが困難で、普通の靴では足首部分から雪が入る。
2.踏み固められた雪が凍って滑る。
3.溶けた雪で水浸しになる。

この雪のために靴に求める性能は以下のようなものにしました。
○雪に対応するために求める靴の性能
・靴全体に施された防水加工。
・雪が靴と足首部分から入らない。
・滑りにくい。
・できれば蒸れにくい。

○単に靴として求める性能
・履きやすくて脱ぎやすい。
・歩きやすい。


ここで凍った雪で滑るのを防ぐためには、スパイク付の靴がありますかね。
他には靴に取り外し可能なスパイクがありますね。
snow peak(スノーピーク)スノーピークの原点のクライミングギアトレックエイトセット S-080【ク...
少々ごついですがアイゼン(↑参照)という手もあると思います。

雪が靴に入るのを防ぐ靴には、長靴やブーツなどがあると思います。
ラフ&ロード:防水 保温 アンクルスパッツ / RR-5908
それ以外では、スパッツ(↑参照)という手もあると思います。


靴の上から着けるだけの簡単スパイク「ノンスリップスパイク」
この程度のことを考えて結局↓のブーツと↑の取り外し可能なスパイクを買いました。
L.L.Bean: Shearling Bean Boots, 10"

ブーツの方は編み上げなので、脱ぎ履きがやや面倒ですが、
慣れてきたらそれなりの時間で着脱ができそうです。
数日履いていましたが、歩きやすくある程度滑りにくくて防水なので中々良いです。

スパイクの方は雪が降ってから試してみたいです。
着脱はマジックテープで簡単です。
スリッパに付けてスパイク付スリッパとか言って遊んでみたりました。
円柱状の鉄製のスパイクが中々強力そうです。
本体のゴム部分も結構しっかりとしています。
  1. 2006/01/12(木) 22:00:55|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

イタリアファンメモ(2006/01/10)

○2chのまとめサイト
信じられないが、本当だイタリア編食べ物編
イタリア軍
軍事板常見問題 FAQ in "2ch." Military
【質問】 イタリア軍10万が,千人の敵軍に負けたそうなのですが,誰かご存知ありませんか?

○イタリア軍将校用キッチンウェアレポート
ラピタ 開かずの将校用キッチン

○イタリア軍レーションレポート
戦闘糧食バカ一代 | イタリア軍レーションMODULO:E試食レポート@朝食分
戦闘糧食バカ一代 | イタリア軍レーションMODULO:E試食レポート@昼食分
戦闘糧食バカ一代 | イタリア軍レーションMODULO:E試食レポート@夕食分
http://phototec.hp.infoseek.co.jp/yokoku.htm

フリーズドライ - Wikipedia

[イタリアファンメモ]の続きを読む
  1. 2006/01/10(火) 20:29:00|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

戦争を起こすには(2006/01/09)

戦争プロパガンダ10の法則というものをふと目にしたのでメモしておきます。

戦争プロパガンダ10の法則(引用)
1.われわれは戦争を欲していない。
2.しかし、敵側が一方的に戦争を望んだ。
3.敵の指導者は悪魔のような人間だ。
4.われわれは領土のためではなく、偉大な使命のために戦う。
5.われわれも誤って犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる。
6.敵は卑劣な兵器や戦略を用いている。
7.われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大だ。
8.芸術家や知識人もおの正義の戦いを指示している。
9.われわれの大義は神聖なものである。
10.この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である。
"「戦争プロパガンダ10の法則」 永田千奈訳, 草思社"より

戦争を行うには民衆に対して"自己の正当化"と"相手への同情(共感)を無くす"
という2つのことが必要だと思います。
併せて、この構造自体を安易な外力では崩されないようにしなければなりません。
上記の10の法則はこれらを成し遂げる為の方法であると思います。

また、上の法則は戦争以外の世の中のいろいろな人間の事象にも
大なり小なり当てはまると思います。

上のような主張に安易に身を任せて絶対化することは、責任をその考えに押し付け、
自分は考えなくて良いので楽でしょう。
この主張は安定で変化し難いように構成されています。
不安定なこの世の中で安定的なものを持つことは心地よいでしょう。
しかし、その主張が相対化された時に、身を任せた主張による当然の行為に対する
責任が自分のものとなるリスクは考慮する必要があるでしょう。
そして、絶対的な主張などは存在せず、
時間や空間、そして人間によって変化するものであることも留意する必要があるでしょう。

  1. 2006/01/09(月) 20:25:07|
  2. 雑記
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

鳥取砂丘情報館「サンドパルとっとり」(2006/01/08)

今日は親と久しぶりに鳥取砂丘を見に行きました。
雪で覆われた砂丘というのもなかなか良かったです。
砂丘では相変わらず薄汚れたお土産売り場が立ち並んでおり
雪で人影もあまりなく場末の観光地の様相でした。

それで今まで行った事の無かった、鳥取市が作った
鳥取砂丘情報館「サンドパルとっとり」に行ってみました。

しかし、まず入り口で少し迷いました。
雪で覆われているのもあると思うんですが、
(見落としていなければ)看板もなくて入り口がよく分からなかったです。
駐車場は雪かきがされておらず、「入るな」と言われているがごときでした。

施設の中は、他に観光客はいなくて閑散としていました。
そして、非常につまらないところで、
観光地を魅せるセンスというものを感じませんでした。
砂丘の日本画が飾ってあるのを見ましたが、
他に美術品が飾られているわけでもなく見たらフーンで終わってしまいます。
2階に砂丘についてのパネルが3枚程ありましたが、
非常に簡単すぎてあまり情報量は得られません。
おまけに皇太子殿下かだれかにこのパネルで誰それが
説明したとかいう事が書いてあるんですが、だからどうだと言うんでしょう。
そのパネルの隙間に外のテラスへ出る入り口が隠されていて
パネルをかきわけて外に出なければいけないというのもどうなんでしょう。

ここらへんまで見た時に、ふと自分達市民はこんな施設に金を
払っているんだなあと思ってしまいました。
この施設の詳細を知らないので何とも言えないんですが、
税金を払って維持するにたる施設なんだろうかと非常に疑問に持ちました。

鳥取の観光地のプロデュースのヘタさは、今の日本で稀であって
ある意味貴重でおもしろいんですが、
それでもやっぱり何か言ってしまい時があります。
  1. 2006/01/08(日) 17:26:56|
  2. ラクダの王国
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

映画「フルメタルジャケット」(2006/01/06)



前々から見たいと思っていて、
やっと映画「フルメタルジャケット」を見ました。
なかなか良いベトナム戦争の映画だと思いました。
やはり音に聞くハートマン軍曹は強烈でした。

前半のしごきシーンは良いです。
下手に撮ると飽きると思うんですが、集中して見ることがます。
丁寧に訓練が描写されていていて、
人を殺せるようになるまでの経緯に関して説得力を持たせていると思います。
"落ちこぼれ"の変化と顛末がそれをよりはっきりと表していると感じます。

戦争の描写は結構ソフトに作ってあると感じました。
後半の舞台がベトナムに移ったときに、既にテト攻勢の時期なのもそう感じさせます。
ある意味でこのようなソフトな描写が限界だったのかもしれないと思いました。
まあ戦争はまともに描いたら正視できないものになるでしょうし、
そのままを撮ることがリアルに結び付くわけではないので、
ソフトではありますが端的に良く描写していて
さらに映画で描写された以外の戦争の奥に潜む残酷さを想像できる良い出来だと思います。
  1. 2006/01/06(金) 08:38:12|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

アニメ「くもとちゅうりっぷ」(2006/01/05)

DVDの「くもとちゅうりっぷ」を見ました。
太平洋戦争の前後の時期に作られた
日本アニメーションの父ともよばれる政岡憲三氏の白黒アニメ作品集です。
"くもとちゅうりっぷ"は見たことがあったのですが、
他の作品は全然見たことがありませんでした。

"トラちゃんシリーズ"はあまりおもしろくなかったんですが、
"くもとちゅうりっぷ"、"べんけい対ウシワカ"、"桜(春の幻想)"、
"茶釜音頭"は凄くおもしろかったです。
"トラちゃんシリーズ"はスタッフも増え、会社の元で自分の好きなようなものを
作れなかったのかなと想像します。

それにしても全体的には凄いアニメだと思います。
まず、ストーリーの作り方がうまいと思います。
アニメ的な表現をうまく使ったストーリーで魅きつけられました。
この先どうなってしまうのかという好奇心がわきます。

また、空間の表現力が凄いと思います。
ほとんどの登場する"物"が単なる2次元の絵ではなく
1つの物体として空間上に位置しているのをよく認識できます。
そして、登場人物はこの作成された空間上を
縦横無尽にいきいきと動きまわるように感じます。
人物のモーションに関してもそう感じます。

他には、音楽との融合がすばらしいと思います。
音楽にあわせてテンポよく話が進むのが心地よいです。
ミュージカルな構成も絵の表現やストーリーとうまく合致していると思います。
音楽・絵・ストーリーが一体となって進む心地よさを感じます。

こんな昔にこれだけのアニメを作れるのが凄いと思いました。
  1. 2006/01/05(木) 15:49:14|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

人形アニメ「電子頭脳おばあさん」(2006/01/04)



「電子頭脳おばあさん」を見ました。
チェコの人形アニメです。

凄く恐くて不安な作品でした。
音楽なんかが凄く恐くて不安な感じを生み出しています。
また、映像も全体的に無機質で不安感を呼び出します。
話は悪夢ですね。工場に出荷されて人間性を無視されて加工される感じでしょうか。
電子頭脳おばあさんがまったく子供からフィードバックを受けずに
一方的なおばあさんの世界で子供を"教育"するところは恐怖です。
子供が生き生きと動く人形で表現されているだけに
まわりの無機質さが目立ちます。
  1. 2006/01/04(水) 21:03:11|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

「悲情城市の人びと」(2006/01/03)



「悲情城市の人びと―台湾と日本のうた」を読みました。
この本では、映画「悲情城市」の中で、国民政府に弾圧され処刑された青年が
処刑される前に日本語で歌った"幌馬車の唄"について筆者が追っていく中で、
映画「悲情城市」で描かれたいた部分・描かれていなかった部分・異なる部分に
光を当てて話が進んで行きます。

映画「悲情城市」と併せてみると台湾の複雑な立場が浮き彫りになるように感じます。
映画にも出てくるニ・ニ八事件なんかも含め台湾の戦後については全然知らなかったです。
そもそも約50年も日本が統治した関わりが深い国であるはずなのに
台湾という国について知ってることはわずかです。
この本を読んで、良い悪いは別として日本がアジアに与えた影響の強さを少し実感出来ました。
そして、今の日本がここら辺の過去と向き合っていないこともです。
  1. 2006/01/03(火) 09:54:27|
  2. 本感想
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

映画「悲情城市」(2006/01/02)



映画「悲情城市」を見ました。
日本敗戦後から国民政府が台湾に暫定首都を置くまでの期間の台湾が舞台です。
いわゆるやくざの一家の兄弟が時代の流れに押し流されていく話です。
多分そうだと思います。
ここら辺の台湾のことについては不勉強ですし、
いろいろな登場人物が出てくるのでわかりにくいです。
解説されながらみたんですが難しいですね。
そもそも歴史的には、日本に支配され、
その後は国民政府が支配し、国民政府が大陸で
共産党に負けて撤退してきて今に至るわけですからね。
日本、国民政府(外省人)、共産党、元々の台湾の人(本省人)の4者が台湾に深く
関わっているわけで、台湾の人のアイデンティティの置き所の問題は大変複雑だと思います。

この映画ではその複雑さの一端を見た気がします。
「蝶の舌」でも思いましたが、こういうことは良く知らなくても
歴史の流れを圧倒的に感じ、歴史に翻弄される人々の悲劇がもの悲しいです。
この映画はあるやくざの家族を丁寧に描きつつ、
しっかりと歴史的背景を描いている良い作品だと思います。

そして、映像がとても綺麗でした。風景が美しくて色合いが鮮かです。
また、それにあわせた音楽も良かったです。
[映画「悲情城市」]の続きを読む
  1. 2006/01/02(月) 22:29:16|
  2. 映像作品感想
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:0

プロフィール

おげれつ脱脂綿

カレンダー

12 | 2006/01 | 02
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

カテゴリー

月別アーカイブ(タブ)

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

全ての記事を表示する

全ての記事を表示する